東京高等裁判所 昭和40年(う)890号 判決 1965年7月21日
主文
原判決を破棄する。
被告人を懲役一年に処する。
原審における未決勾留日数中九〇日を右本刑に算入する。
但し本裁判確定の日から四年間右刑の執行を猶予する。
右猶予の期間中被告人を保護観察に付する。
理由
所論は、原判示(二)の第二の事実につき、被告人は千九百円については当初より騙取の犯意があつたものの郵便局員が錯誤により交付した一万九千円全部につき詐欺の犯意があつた訳ではなく、したがつて右差額を領得した被告人の所為が別罪を構成することあるはともかくとして全部につき詐欺罪を構成するいわれはない。原判決には右の点につき事実誤認の違法もしくは法令解釈適用の誤があると主張する。
よつて検討するに、関係証拠を綜合すれば、被告人は原判示郵便局において郵便貯金払いもどし金受領証用紙の金額欄に千九百円と記載し、そのほか所要の記載及び押印を整え、原判示のとおりあたかも真実西村良一が貯金の払い戻しを請求するものの如く同局係員を欺罔して請求したところ、同局係員田代和子が数字を見誤まり一万九千円を通帳にはさんで交付したが、被告人はその場では別に金額も確かめずそのまま洋服のポケツトに納めて立ち去り、後刻京王閣競輸場において車券買い求めの際これを発見し一万七千百円の過払いを受けた事実を知つたがそのままこれを消費した経緯であることが明らかである。ところでこのような場合においても、右田代和子の被告人に対する一万九千円の交付は、結局のところ前述の被告人の欺罔行為に基因するものであるから、その際たまたま田代和子が金額を誤り被告人の請求額以上の金員を交付したとしても全額につき詐欺罪の成立あるものと解するのが相当であり(大審院判例昭和一〇年五月二四日刑集一四巻六一〇頁、同昭和一五年四月二四日刑集一九巻二五九頁参照)、これと同旨の原判決には所論のような事実誤認ないし法令適用の誤はないから論旨は理由がない。(樋口勝 小川泉 金末和雄)